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最高裁判所第一小法廷 昭和63年(オ)791号 判決

上告人 武田孝 外三一名

右三二名訴訟代理人弁護士 竹沢哲夫

同 豊田誠

同 鈴木尭博

同 有正二朗

同 高橋利明

同 田岡浩之

同 横尾邦子

同 岡田尚

同 篠原義仁

同 村野光夫

同 藤原寛治

同 犀川千代子

同 今井敬弥

同 阿部正義

被上告人 国

右代表者法務大臣 梶山静六

右指定代理人 加藤和夫 外二五名

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人竹沢哲夫、同豊田誠、同鈴木尭博、同有正二朗、同高橋利明、同田岡浩之、同横尾邦子、同岡田尚、同篠原義仁、同村野光夫、同藤原寛治、同犀川千代子、同今井敬弥、同阿部正義の上告理由第一点ないし第十点について

一  原審が確定した事実関係の大要は、次のとおりである。

1  上告人加藤ハル、同小西美智子及び同佐渡島をさめを除く上告人ら並びに加藤信(訴訟承継人上告人加藤ハル)、那須義高(同小西美智子)及び佐渡島平四郎(同佐渡島をさめ)は、昭和四九年九月一日当時、多摩川左岸沿いの東京都狛江市猪方地区の堤内地に居住し、あるいは同所に土地、家屋等を所有し、本件洪水により被害を受けた者であり、被上告人は、多摩川を管理する者である。

2  多摩川は、山梨県、東京都、神奈川県に跨がる河川で、昭和四一年には河川法四条により一級河川に指定された。多摩川には中流部を中心として農工業用水の取水堰が九か所にあり、右猪方地区を含む中流域は、近年、急速な宅地化が進み、中下流域は、人口稠密な地域となっている。

3  右猪方地区は多摩川が南東からやや東へと方向を変える位置にあり、同地区地先の幅員約三六〇メートルの河道内には宿河原堰(以下「本件堰」という。)が設置されている。また、同地区地先付近では昭和九年から同一〇年ころにかけて在来堤の拡築、新堤の築造がされ、これにより本件堰左岸付近では、在来堤の川側に連続して新堤が形成され、新堤と在来堤との間の従来の高水敷の一部が堤内地となり、同二六年には東京都知事により右部分について河川敷地の公用廃止処分がされた。

建設大臣は、同四一年七月二〇日、多摩川水系工事実施基本計画(以下「基本計画」という。)を策定した。基本計画によれば、右猪方地区付近の計画高水流量は毎秒四一七〇立方メートルとされ、また、この付近の河川部分は、基本計画による改修工事完成区間とされ、本件災害時までの間に新規の改修計画はなかった。

4  本件堰は、旧来からあった右岸下流域への灌漑用水のための竹蛇籠等の仮設的構造物による取水施設を整備したものであり、神奈川県が昭和二二年に当時河川管理者であった東京都知事の許可(旧河川法一七条、一八条)を得て同二四年に完成し、その後、川崎市の管理に移されたものである。本件堰は、前記猪方地区地先から右岸の神奈川県川崎市宿河原地区地先にかけて河道を横断して設置され、高さ三・一メートル、全長二九七メートルであり、五連のゲートからなる放水門、右岸側と左岸側に長さ二〇〇メートルの五段の階段状の固定部を有する透過式堰堤である。本件堰の右岸側は取水口直下流の堤防に固定されていたが、本件堰の左岸側は固定部の延長部が低水護岸から堤防本体に向かって一五メートルにわたり幅約四五メートルの高水敷の地価に嵌入し、その上縁は高水敷の地表から約一メートルの深さに位置していた。また、本件堰が取り付けられていた左岸高水敷の低水路側には、その側端に沿って堰上流側約二六〇メートルの地点から下流側約二〇メートルの地点まで、三面を植石コンクリートで被覆された小堤が設置されており、小堤の表法は、堰上流から下流にかけて設置されていた植石コンクリートで被覆された低水護岸と一体の構造になっていた。

5  多摩川流域では、昭和四九年八月三〇日夜から雨が降り始め、同月三一日午後七時ころから降雨が一段と強くなり、同年九月一日夕方まで降り続いた。この降雨によって、本件堰付近においても、同年八月三一日からの流水の増加により、同年九月一日昼ころに本件堰左岸の下流取付部護岸の一部が破壊された。その後、破壊が小堤に及び、計画高水流量に至る前の段階において、本件堰上流部の小堤からの越流水が生じ、右取付部護岸の損壊箇所から中詰土が流失し、これにより中空となった護岸被覆工が損壊されるという現象が繰り返されて、護岸の損壊が進行するとともに、右取付部の高水敷に下流から上流に向かって欠込みが生じ、かつ、小堤の破堤が進行した。そして、高水敷からその欠込み部分に流下する水流の作用により、右欠込みが増大して、本件堰の前記嵌入部の上流側にまで及んだ。さらに小堤からの越流水がこれに加わって右嵌入部の上流側を迂回する水路が形成され、この迂回水路が水流の洗堀作用によって拡大して、堤防本体の法尻を浸食した。その後、流水位は本堤法尻以下になったが、迂回水路の深さが堰可動部敷高よりも低くなったため、迂回水路の水勢は弱まることなく堤防本体を浸食し続け、ついに、これを崩壊流失させるに至り、引き続き浸食が堤内地に及んだ結果、同月一日深夜から同月三日午後三時までの間に堤内地の住宅地面積約三〇〇〇平方メートル、上告人らの所有又は居住に係る家屋一九棟が流失する災害(以下「本件災害」という。)が発生した。なお、降雨の開始から終了までの総雨量は、大正二年以来最大規模のもので、洪水の規模は明治四三年及び昭和二二年に発生した洪水等とほぼ同程度のものであった。

6  本件堰左岸の取付部護岸は、昭和三三年及び同四〇年の洪水で破損した。同四〇年の被災状況は、小堤からの越流はなかったが、本件堰左岸下流の取付部護岸及び小堤が破損し、小堤の破壊口先端部の中詰土が流失し空洞が生じたもので、本件災害の初期の状態とほぼ同様のものであった。そして、いずれの場合も、洪水の規模は、その後に策定された基本計画における計画高水流量をはるかに下回るものであり、災害後の改修は、ほとんど元の形状、構造に回復する原形復旧工事をするに止まった。

7  本件堰本体、同堰取付部護岸、小堤、堰本体の接続形式、高水敷保護工等は、本件堰が設置された昭和二四年当時の技術水準の下においては、構造上の安全基準に適合していなかったということはできない。しかし、その後の防災技術の向上等を経た本件災害時における河川工学の一般的技術水準は、河川法一三条二項に基づく河川管理施設等構造令の素案として作成され、その当時試行されていた構造令案の第八次案に示されているものと解されるが、これによると、本件災害時においては、本件堰及びその取付部護岸は、流水の通常の作用に対して十分安全な構造とは評価し得ない状態となっていた。すなわち、本件堰については、(一)堰高が必要以上に高くなり、(二)堰可動部の堰本体長に占める比率に改善の余地が残され、(三)堰固定部が計画高水流量の流水断面内に設置されているために流水の流下に支障を与える状態となることが明らかとなり、(四)堰取付部護岸の被覆工に改善の余地が生じていた。そして、これらの欠陥は、本件災害の原因をなした。

二  原審は、右事実関係に基づき、上告人らの請求を棄却した。その理由の要旨は、次のとおりである。

1  工事実施基本計画どおりの改修事業は全国的に未完成の状態にあり、しかも、右計画の下で改修が完了した河川部分であっても、溢水型の破堤について計画高水流量の洪水に対する安全性を備えているにすぎず、浸透型の破堤及び河道破損による洗堀型の破堤については、その危険から完全に解放されているものではない。したがって、工事実施基本計画の下で改修が完了した河川部分であっても、計画高水流量以下の洪水に対する絶対的安全性が保障されているものではなく、理想的な河川管理の状態が実現されるまでには更に多くの改修を要する改修の不十分な河川に該当し、いわゆる大東水害訴訟に関する判決(最高裁昭和五九年一月二六日第一小法廷判決・民集三八巻二号五三頁)において示された河川管理の特質及び諸制約が存するから、工事実施基本計画による改修の完了した河川の有すべき安全性も右判決の示した過渡的安全性をもって足りる。

そして、右過渡的安全性の内容は、右判決において示された判断基準(後記三Iに記載するもの)に従って判断すべきである。

2  河川区域内に工作物が存することは一般的には治水上望ましいことではなく、河川の適正利用と治水目的との調整を図る必要があるので、工作物の設置は河川管理者の許可にかからしめられており(河川法二六条、旧河川法一七条)、河川管理者としては、その時点における河川工学上の知見及び技術的水準に照らし、流水の通常の作用に対して安全と認められる十分な対応措置が施されることを前提として許可をすべきであるが、いったん許可により工作物が設置された以上、河川管理者は、これを所与の条件として河川の安全性を確保する責務を負う。

ところで、河川管理者以外の者が設置した許可工作物の維持管理は、河川とは独立したものとして設置の許可を受けた者が行うが、河川管理者は、監督処分権を有するから(河川法七五条二項)、許可工作物に内在する欠陥により河川災害が生じた場合、河川管理者が許可工作物の維持管理に直接関与していないからといって何らの責任も負わないものとすることはできない。そして、許可工作物に内在する欠陥により河川の安全性が損われている場合には、河川管理者は、右監督処分権に基づく工作物の改善命令若しくは自己の管理する河川施設の改修強化又は両者の併用により対応することができるところ、許可工作物について右改善命令を発するためには、所定の要件が存することを要するという制約があり、河川管理の特質及びこれに伴う諸制約の程度は、管理の対象が許可工作物であるか河川管理施設であるかによって著しい差異があるとはいえないから、河川管理の対象が許可工作物である場合であっても、河川管理の瑕疵の有無は過渡的安全性を備えているかどうかによって判断すべきである。

3  前記一7記載のとおり、本件堰に関しては本件災害時において改善の余地が生じていたが、いったん設置した許可工作物について、その機能を保ちつつ、技術水準の向上に伴いその構造をその都度変更することには技術的制約がある上、管理者に著しい費用負担の増加をもたらすという社会的難点がある。そこで、技術的後進性を放置すれば堤内地に災害が発生することが具体的かつ明白に予測される場合は格別、当該許可工作物の存する河川部分が全体として河川管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えていると認められる場合には、最新の技術水準に適合するよう直ちに改善措置を講ずべき必要はなく、後日の改築等の適当な機会にその時点での技術水準に適合するよう改築すれば足りる。

河川法七五条二項五号に規定する河川管理者の監督処分権による改善命令の要件たる「公益上やむを得ない必要があるとき」とは、技術的後進性を放置すれば堤内地に災害が発生することが具体的かつ明白に予測される場合か、少なくとも、当該許可工作物が存する河川部分が全体として河川管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を欠くと認められる場合をいうものである。

したがって、改善措置の未着手に関して河川管理の瑕疵があるかどうかを判断するに当たっては、改善措置の対象が許可工作物であっても、その対象が河川本体又は河川管理施設である場合と同様に、付近一体の河川部分全体を対象として、いわゆる過渡的安全性の有無を考えれば足りる。

4  本件堰が完成してから本件災害が発生するまでの過去二五年の間に本件堰付近で洪水による堤内災害が生じたことはない。本件堰付近では、流水が緩く湾曲していたが、川筋は安定しており、左岸は流水の当たらない部分であり、しかも、幅約四五メートルもの広い高水敷が存し、本件堰左岸の取付部護岸が破損しても堤防本体にその影響が及ぶとは考え難い地形にあり、本件のような災害の発生を指摘する者もなかった。また、流域が都市部であることから生ずる改修の必要性の高さを考慮しても、他の河川に比較して多摩川流域の河川施設の整備率が高いこと、多摩川水系の都市河川部分には改修計画の下に改修中の部分が少なからず存在していたことを考慮すると、本件堰周辺の改修を優先的に実施すべきであるとするためには、他の箇所に優る緊急の必要性を裏付ける特別の事情の存することを要する。さらに、堰又はその付属施設の改修のためには水利権者の同意を必要とする等の社会的制約があることを考慮すると、現状を放置すれば堤内地に災害が発生することが具体的かつ明白に予測し得る状況が存在したなど特段の事情がある場合を除き、管理者が許可工作物の改善を命じ、又は自ら河川改修工事をしなかったことに河川管理の瑕疵はない。

5  そこで、本件災害前の本件堰付近の多摩川について、現状を放置すれば堤内地に災害が発生することが具体的かつ明白に予測し得る状況が存在したかどうかについて判断すると、次のとおり、これを肯定することはできない。

本件堰左岸の取付部護岸、高水敷、小堤等が計画高水流量規模の洪水で被災することは予見可能であった。しかし、河道内の個々の工作物の被災が予見できたとしても、それは堤内災害に発展する可能性の予見とは異なる。しかも、本件災害のように、非水衝部の護岸及び小堤の中詰土が水衝により洗堀され、小堤の破壊が堰嵌入部を越えて進行し、下流から上流へ向けて高水敷が欠け込み、迂回水路が形成されて生じた災害は、かつて我が国で経験したことのないものであり、本件災害時までの河川工学上の知見から、本件災害の発生機序を予見することはできなかった。また、本件堰左岸における昭和三三年の護岸の一部破損、同四〇年の護岸及び小堤の一部破損は、いずれも計画高水流量をはるかに下回る洪水により生じたものであり、同四〇年の右被災は、本件災害初期の状況とほぼ同様のものであったが、本件災害時においては、高水敷上の流水が本件堰下流の取付部護岸の破損箇所に流入した場合に、欠込みが上流方向に急速に進行すること及び水衝を受けない小堤の中詰土が流失することについての知見は存在しなかった。そして、他の河川における既往災害の経験から本件災害の発生を予見することもできなかった。

6  以上によれば、本件災害前において、現状を放置すれば堤内地に災害が発生することが具体的かつ明白に予測し得るような特別の事情はなかった。したがって、本件被災箇所付近の多摩川は、同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えていたものであり、改善措置の未着手に関し河川管理の瑕疵があったものとすることはできない。

三  しかしながら、右判断を是認することはできない。その理由は、次のとおりである。

1  国家賠償法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい、このような瑕疵の存在については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきものである。ところで、河川は、当初から通常有すべき安全性を有するものとして管理が開始されるものではなく、治水事業を経て、逐次その安全性を高めてゆくことが予定されているものであるから、河川が通常予測し、かつ、回避し得る水害を未然に防止するに足りる安全性を備えるに至っていないとしても、直ちに河川管理に瑕疵があるとすることはできず、河川の備えるべき安全性としては、一般に施行されてきた治水事業の過程における河川の改修、整備の段階に対応する安全性をもって足りるものとせざるを得ない。そして、河川の管理についての瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流域の地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、河川管理における財政的、技術的及び社会的諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきであると解するのが相当である(最高裁昭和五三年(オ)第四九二号、第四九三号、第四九四号同五九年一月二六日第一小法廷判決・民集三八巻二号五三頁、同昭和五七年(オ)第五六〇号同六〇年三月二八日第一小法廷判決・民集三九巻二号三三三頁参照)。右当審判例が示した右の河川管理の瑕疵についての判断基準は、本件の場合にも適用されるものというべきであるから、原審の判断のうち、この点を指摘する部分は、正当であるというべきである。

2  ところで、本件河川部分は、基本計画策定後本件災害時までの間において、基本計画に定める事項に照らして新規の改修、整備の必要がないものとされていたところから、工事実施基本計画に準拠して改修、整備がされた河川と同視されものであり、本件は、このような河川部分について、管理の瑕疵が問題となる事案である。

工事実施基本計画が策定され、右計画に準拠して改修、整備がされ、あるいは右計画に準拠して新規の改修、整備の必要がないものとされた河川の改修、整備の段階に対応する安全性とは、同計画に定める規模の洪水における流水の通常の作用から予測される災害の発生を防止するに足りる安全性をいうものと解すべきである。けだし、前記判断基準に示された河川管理の特質から考えれば、改修、整備がされた河川は、その改修、整備がされた段階において想定された洪水から、当時の防災技術の水準に照らして通常予測し、かつ、回避し得る水害を未然に防止するに足りる安全性を備えるべきものであるというべきであり、水害が発生した場合においても、当該河川の改修、整備がされた段階において想定された規模の洪水から当該水害の発生の危険を通常予測することができなかった場合には、河川管理の瑕疵を問うことができないからである。

また、水害発生当時においてその発生の危険を通常予測することができたとしても、右危険が改修、整備がされた段階においては予測することができなかったものであって、当該改修、整備の後に生じた河川及び流域の環境の変化、河川工学の知見の拡大又は防災技術の向上等によってその予測が可能となったものである場合には、直ちに、河川管理の瑕疵があるとすることはできない。けだし、右危険を除去し、又は減殺するための措置を講ずることについては、前記判断基準の示す河川管理に関する諸制約が存在し、右措置を講ずるためには相応の期間を必要とするのであるから、右判断基準が示している諸事情及び諸制約を当該事案に即して考慮した上、右危険の予測が可能となった時点から当該水害発生時までに、予測し得た危険に対する対策を講じなかったことが河川管理の瑕疵に該当するかどうかを判断すべきものであると考えられるからである。

3  次に、本件は、基本計画策定前から許可工作物である本件堰が河道内に存在し、基本計画に定める計画高水流量規模の洪水に際して、本件堰及びその取付部護岸の欠陥が原因となって高水敷の欠込みが生じ、更に破堤に至ったという事案である。

このように、許可工作物の存在する河川部分における河川管理の瑕疵の有無は、当該河川部分の全体について、前記判断基準の示す安全性を備えていると認められるかどうかによって判断すべきものであり、全体としての当該河川部分の管理から右工作物の管理を切り離して、右工作物についての改修の要否のみに基づいて、これを判断すべきものではない。けだし、河道内に河川管理施設以外の許可工作物が存在する場合においては、原審の説示するとおり、河川管理者としては、当該工作物そのものの管理権を有しないとしても、右工作物が存在することを所与の条件として、当該工作物に関する監督処分権の行使又は自己の管理する河川施設の改修、整備により、河川の安全性を確保する責務があるのであって、当該工作物に存在する欠陥により当該河川部分についてその備えるべき安全性が損われるに至り、他の要件が具備するときは、右工作物が存在する河川部分について河川管理の瑕疵があるというべきことになるからである。

また、許可工作物が存在することによって生ずる危険を除去し、減殺するために当該工作物又はこれと接続する河川管理施設のみを改修し、整備する場合においても、前記判断基準の示す財政的、技術的及び社会的諸制約があることは、いうまでもない。しかし、その程度は、広範囲にわたる河川流域に及ぶ河川管理施設を改修し、整備する場合におけるそれと比較して、通常は、相当に小さいというべきであるから、右判断基準の示す安全性の有無を判断するに当たっては、右の事情をも考慮すべきである。

4  以上説示したところを本件についてみると、次のようにいうことができる。

すなわち、本件河川部分については、基本計画が策定された後において、これに定める事項に照らして新規の改修、整備の必要がないものとされていたというのであるから、本件災害発生当時において想定された洪水の規模は、基本計画に定められた計画高水流量規模の洪水であるというべきことになる。また、本件における問題は、本件堰及びその取付部護岸の欠陥から本件河川部分において破堤が生じたことについて、本件堰を含む全体としての本件河川部分に河川管理の瑕疵があったかどうかにある。したがって、本件における河川管理の瑕疵の有無を検討するに当たっては、まず、本件災害時において、基本計画に定める計画高水流量規模の流水の通常の作用により本件堰及びその取付部護岸の欠陥から本件河川部分において破堤が生ずることの危険を予測することができたかどうかを検討し、これが肯定された場合には、右予測をすることが可能となった時点を確定した上で、右の時点から本件災害時までに前記判断基準に示された諸制約を考慮しても、なお、本件堰に関する監督処分権の行使又は本件堰に接続する河川管理施設の改修、整備等の各措置を適切に講じなかったことによって、本件河川部分が同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を欠いていたことになるかどうかを、本件事案に即して具体的に判断すべきものである。

5  ところが、原審は、前記判断基準を適用するに当たり、(一)前記のとおり本件河川部分の改修、整備の段階に対応した安全性を備えているかどうかを考慮すべきであるのに、本件河川部分を基本計画の下で改修が完了した河川部分であるとしながら、これを改修の不十分な河川と同視して、右の考慮をせず、(二)許可工作物の存在する河川部分で災害が発生した本件事案においては、許可工作物と河川管理施設との間には河川管理の方法及びこれに伴う諸制約の程度に差異があることを考慮した上、全体としての本件河川部分ついて河川管理の瑕疵の有無を検討すべきであるのに、管理の対象が許可工作物であるか河川管理施設であるかによって河川管理の特質及びこれに伴う諸制約の程度に著しい差異があるとはいえないとして、右の考慮をせず、(三)本件災害発生当時において、基本計画に定められた計画高水流量規模の洪水の通常の作用により堤内災害を予測することができたかどうかを本件事案に即して具体的に検討すべきであるのに、許可工作物又はこれと接続する河川管理施設の欠陥に対処するために監督権の行使又は改善、整備の各措置を講ずることを要するのは、「現状を放置すれば堤内地に災害が発生することが具体的かつ明白に予測される場合」であるとの独自の基準を定立した上、本件は、右基準に該当する場合ではないとして、右の検討をせず、本件河川管理には瑕疵がなかったと判断している。

そうすると、原審の右判断は、結局、本件堰及びその取付部護岸を含む全体としての本件河川部分の有すべき安全性について、具体的事案に即して前記判断基準を適用し審理すべきであるのに、これをすることなく本件河川管理の瑕疵を否定したものであって、国家賠償法二条一項の解釈適用を誤り、ひいては河川の管理の瑕疵についての審理を尽くさなかった違法があるといわざるを得ない。さらに、原審の確定した事実関係によっては、いまだ本件堰及びその取付部護岸の欠陥から前記説示にかかる事実の認定があったとすることもできない。

四  以上によれば、原判決の右違法が判決に影響することは明らかであり、論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件においては、前記説示の諸点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すことが相当である。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 橋元四郎平)

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